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天音堂の額展で、オーナーの山口ヒロミさん、貝原さんの他に黒田さかえさん、山口マオさん、平野充さんの作品も同時展示いたします。
本日、平野さんの作品10枚が送られてきました。 額装し(黒檀か紫檀ですね)、販売もいたします。 その内の2枚。 平野充さんの絵 何年か前、額を買っていただいた方の紹介で、平野充さんという方を知りました。 はじめてお会いしたとき、白髪のまさに紳士然としたお姿がとても印象的でした。歳を取ったら「白髪の老人」になることをひそかに夢見ていた僕としては、あこがれのお姿でもあったのですが、ここのところにわかに髪の毛がさびしくなってきた僕に、それはどうもかなわぬ事のようです。 脱線しましたが、絵に関してはよく知らない僕ですが、平野さんの絵はなぜか見ていて飽きません。絵を見ていると、我を忘れてしまうというか、いつの間にか絵の中に自分がいるような不思議な気持ちになります。 毎年送られてくる個展の案内(DM)には、絵とともに詩が書き添えられています。その詩もまたその不思議な絵と相まって、僕には、DMそのものがひとつの作品に思えるのです。 平野さんは毎年春、東京銀座の養清堂画廊で個展を開かれています。 今年は、どんなDM、そしてどんな作品を見せてもらえるのでしょうか? 画像は、1999年の個展のDM(文字は見やすく拡大してあります)。僕のお気に入りの一枚で、オリジナルも手元にあります。 平野充展-人間の闇にまさぐる 文●日夏露彦 「展評」 2003 Winter 014号 より たとえば、深い霧や夕闇の風景、微かに光の射し込む洞窟や聖堂、海底、あるいは独房や隔離病棟、ゲットーの爪痕の刻まれた壁、星雲群れる宇宙、そして目を閉じて見える光景を思い浮かべてみよう。はっきりと捉え難い空間と色・形からなる絵画。平野充の小はカードから、大はせいぜい200号大までの紙に描かれる油彩画、あるいはペン画は、このようなたとえから近づいてみていい。なにひとつ、それらを直接描いたとは思えないのだが。 厚めの光沢のあるアート紙や触感微妙な紙質上は、名付け難い多様な青、グレー、黒、ときには赤系統の色調による複雑な濃淡、重ね合いと、剥ぎ、こすり取ったようなテクスチャーとにより、研ぎ出しにも近いファクトウラ(表面処理)で仕上げられている。刃先やペン先で引っ掻いたり(スクラッチ技法)、点を打ったりしたものもしばしば見受ける。塗っては消し、塗っては消す、いわば肯定-否定-肯定の限り無い反復で進められる手順が見えてくる。 何も具象的なモチーフは描いていない、茫漠たる色、形の形成、しかし避けがたく様々な連想もつぎつぎと誘われるこのミニアチュール世界には、一種ただならない気配がこもる。自然に任せきったものでもない、かといって、人為だけで造り出すのでもない、両者の働きのバランスの機微にこそ生み出されるのだろう。描く-描かされるという弁証力学が働いているようといってもいい。そこに浮上してくるのは、人間としてのやむにやまれぬ問いかけへの、つれない反響-人だれしも一度は投げ掛けられるものの、極限状態に追い込まれない限り真向わない”在る”というアポーリア(難問)への、まさぐりのなかで得られた一瞬の出会いの形象といおうか。 年に時計のように1度は開く平野の個展は、筆者は10年近く見てきたが、会場にはかならずといっていいくらい手造りによる凝った詩集なり画集が展示される。平野はまず50年代初期に詩を試み、まもなく断念。60年代初めから絵画を試み初め、当初からこの描法を貫いてきたらしい。70年代に入ると詩作を復活、以後詩画を平行させ、両面を合わせて発表してきた。 1929年生まれといえば、愚かにして凶暴な15年戦争の始まる頃生を受け、敗戦時は16歳である。近代を推し進める帝国主義政策の無残な敗退に大きな衝撃を受け、世界観の再構築を迫られた世代にはいる。その戦後混乱期、早稲田大学に入るものの、詩作に専念するようになり、中退。しかし、程なく詩の絶望視、糊口にする宛名書きの単純労働のなかで絵画へのきっかけを得たという。美大など専門教育には頼らず、64年35歳で発表し出すのは、戦前から反権力思想と結びついたモダニズムを進める自由美術協会展だ。 今回、その当時入選した作品が1点展示されたが、指摘されなければ分からなかっただろう。その黙として茫漠たるミクロコスモスは、新作と見分け難く、ということは、40年近くほとんど表情を変えず、作画されてきたことがわかる。それにしてもこの闇の存在美学ともいうべきただならぬ絵画は、詩作と通じ合う点で、平野は詩画一致の道を歩んでいるといえよう。ナイーブで力強い黙示録芸術で知られる19Cイギリスの詩人にして画家のW・ブレイクのように。 ところで、詩を断念したとき、焼却したものの、あとでノートが見つかり再現した50年代詩作は、いかにも暗く、荒涼として、クールな呪詛に貫かれている。明らかに、10代での戦時体験が原点であろう。きらびやかな象徴表現で人間の深層を浮かび上がらせた横光利一に惹かれ、小説家を志した平野が学徒動員で眼にしたのは、たったいま一緒にいて芥子粒ほどとはいえ精神の光を放っていた人間たちの、あまりにあえない消滅、無化である。権力による戦争悪のなかで、底知れぬ虚無へと突き落とされたのであろう。 ”闇の中に星があるのではなく 星のなかに無限の闇が あった。” (「Souvenir d, enfant」1955年、冒頭) 小説に行かず、詩を選んだのにはのちのミニアチュール表現を予告するものがある。ボードレールに始まる”呪われし詩人”に連なったものの、すぐ平野は絵画に打ち込むことになる。”アウシュビッツのあとで、詩を書くことは野蛮だ。”というドイツの哲学者T・W・アドルノの言葉を聞いたのか。いずれにせよ言葉から描くことへの移行には、おそらく詩の厳しい再検証が求められた。つまり深い闇に対峙できる詩の再創造に向けて、いったん距離をとったと考えるべきだろう。 そして、生み出された絵画-専門教育を受けなくても可能な、描くことの原初の手法といえるグラフティ(落書き)に降り立つ。平野はいかにも多くの詩人のように、密室でノート大の紙の上の小さな方形にペン先(!)で引っ掻き、彩色し、あるいは拭い、また塗り込み、何かが現れるまで、営々と抽象描画に耽るのにちがいない。 われわれの前に提示されてきたのは、およそ自力では空回りするまさぐりのなかで立ち現れた、ある出会いの瞬間の形象なのだろう。闇にまさぐり立ち現れてくる弁証的形象は、ただならぬ気配を喚起する。平野はマクロコスモスそのものの原理の触知に近づいているのだろうか、精神の光の、絶え絶えにして覚束無さを暗喩するようなこの美学は、フェティッシュに狂い宇宙との弁証を欠く特殊な現代社会にシニカルな黙示をしているようでならない。
by kigikobo2
| 2006-09-26 19:41
| 展覧会案内
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